[ニュース解説]J&J、生成AI戦略を大胆転換:「千の花」から「価値集中」へ

目次

はじめに

 本稿では、世界的なヘルスケア企業であるジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が、生成AI(Generative AI)の活用戦略を大きく転換したというニュースについて、The Wall Street Journalの記事「Johnson & Johnson Pivots Its AI Strategy」を元にご紹介します。

 当初の広範な実験から、より価値の高い分野に焦点を絞るアプローチへと舵を切った背景と、その具体的な取り組みについて、分かりやすく解説します。

引用元情報

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要点

  • J&Jは、生成AI戦略を広範な実験から、最も価値の高いユースケースに集中するアプローチへと転換しました。
  • 以前は「千の花(thousand flowers)」アプローチとして、社内全体で約900ものAI活用アイデアが試されましたが、重複や効果の薄いものが多かったことが判明しました。
  • 分析の結果、AIによる価値の約80%は、全ユースケースのわずか10〜15%から生まれていることが分かりました。
  • 現在は、創薬、サプライチェーン管理、社内向けチャットボットなど、特に価値の高い分野にリソースを集中させています。
  • ガバナンス体制も変更し、中央集権的な審査委員会を廃止、各事業部門がユースケースの価値を判断する体制に移行しました。

詳細解説

なぜ戦略転換が必要だったのか?:「千の花」アプローチの課題

 2022年のChatGPT登場以降、多くの企業が生成AIの可能性を探るため、様々な部門で実験的な取り組みを奨励しました。J&Jも例外ではなく、「千の花」と呼ばれるアプローチで、社内から広くアイデアを募り、多くのパイロットプロジェクトを進めていました。一時は約900もの個別のユースケースが検討されていたといいます。

 しかし、この広範な実験には課題もありました。多くのアイデアが重複していたり、期待したほどの成果が出なかったり、あるいは生成AI以外の技術を使った方が効率的であるケースも少なくありませんでした。

 さらにJ&Jが、生成AIを含むAI全般、データサイエンス、インテリジェントオートメーションが生み出す価値を分析したところ、驚くべき事実が判明します。それは、創出された価値全体の約80%が、わずか10%から15%のユースケースによってもたらされていたということです。つまり、多くの実験プロジェクトは、投資対効果の面で見ると非効率だった可能性が示唆されたのです。

新しい戦略:「価値」への集中と部門主導のガバナンス

 この学びを経て、J&Jは約1年で戦略を転換しました。新しい戦略の核心は、「価値の高い分野への集中」です。具体的には、以下の分野で生成AIの活用を重点的に進めています。

  1. 創薬: 研究者が液体分子を固体に変える最適なタイミング(溶媒を加えるタイミングなど)を見つけるのを支援するなど、研究開発プロセスの効率化・高度化を目指しています。
  2. サプライチェーン: 原材料不足の影響予測など、サプライチェーンにおけるリスクを特定し、軽減策を講じるためにAIを活用しています。
  3. 社内業務の効率化: 社内規定や福利厚生に関する従業員からの問い合わせに対応する社内向けチャットボットを開発。これにより、年間約1000万件にも上るサービスチームへの問い合わせを削減することを目指しています。
  4. 営業支援:Rep Copilot」と呼ばれるツールを試験導入。これは、営業担当者が医療従事者に対して新薬などの情報提供を行う際に、効果的な対話方法をコーチングするものです。現在は革新的医薬品事業部門で導入されており、今後は医療機器(ロボット、人工関節、レンズなど)を扱うMedTech部門への展開も計画されています。

 この戦略転換に伴い、ガバナンス体制も見直されました。以前は中央集権的な委員会が全てのアイデアを審査していましたが、これを廃止。代わりに、各事業部門(商業、サプライチェーン、研究開発など)が、それぞれの領域でユースケースが本当に価値を生むかを判断し、リソース配分を行う体制へと移行しました。これにより、現場の実情に即した、より迅速で的確な意思決定が可能になったのです。

進捗の測定と今後の展望

 J&Jは、これらの取り組みの進捗を以下の3つの観点から測定しています。

  1. 展開と実装の成功度: ユースケースを実際に導入できるか。
  2. 導入の広さ: どれだけ広く社内で使われているか。
  3. ビジネス成果への貢献度: 売上向上やコスト削減など、具体的なビジネス目標の達成にどれだけ貢献しているか。

 同社の最高情報責任者(CIO)であるジム・スワンソン氏は、「広範な実験フェーズは、技術を学び、その有用性を見極めるために必要だった」と述べています。しかし、「誇大広告よりも実質が伴わないケースもまだ多い」とも指摘しており、3年間の経験を経て、現在はより焦点を絞ったアプローチが適切だと判断したと語っています。「これが現時点でのより良い進め方だ」と、現在の戦略への自信を示しています。

まとめ

 J&Jの事例は、多くの企業が直面する生成AI活用の課題と、その解決に向けた現実的なアプローチを示唆しています。初期の広範な実験(「千の花」)は技術理解のために重要ですが、ある段階でその成果を見極め、本当に価値を生み出す分野にリソースを集中させる戦略的な転換(ピボット)が不可欠である、ということです。また、現場のニーズを理解する各事業部門が主導権を持つガバナンス体制への移行も、実効性のあるAI活用を進める上で重要なポイントと言えるでしょう。

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